『目玉焼きに醤油かソース どっちをかける?』という二択の問いに『ケチャップ。』と答えたmasaくんに今 無性に土下座したい。

目玉焼きには醤油かソースか…

 

これは身近な問いであり 究極の選択でもある。

育った地域や環境により 人それぞれ慣れ親んだ味があることだろう。たこ焼きやお好み焼きで言うならば 何故だか分からないが関東では醤油。関西ではソースが好まれている気がする。

ワタシの場合は物心がついてしまったころには 目玉焼きとソースがセットとなって食卓に登場し、それがあたりまえだと知らず知らずに育ってきました。

ところがどっこい、沢山の地域からの集合となる中学校ともなると 醤油派がちらほらと登場するのである。

ここに きのこたけのこ戦争ならぬ

 

醤油かソースか戦争

が勃発するのである。

当時、我が家のソースは濃口であり 目玉焼きにもよく絡むタイプの物だった。それに比べ 減塩の薄口醤油は目玉焼きに合うはずもないと ワタシの脳内に勝手にインプットされていた。ピチピチのお肌のように幾度も醤油は白身に弾かれ続けたのだ。だが 卵かけご飯にはソースが合わないのは不思議であるが 話が脱線しそうなので掘り下げるのはやめておこう。

しかし 何と言っても“中学時代”という多感な時期である。故にあの究極の二択を皆の衆に聞いてみたくなってしまったのだ。

『もちろんソースだよね?』

『あったりまえじゃーん♪もちもちろんろんソースだよん』

と 共感したかったのであろう。

しかし 世の中上手くいかないものである。

調査一人目で まさかの

 

醤油。

 

簡潔に書くと正油。

そぉ~言う?

 

共感の嵐 。熱狂の渦。スクランブル交差点で見知らぬ人とハイタッチ 。テンションMAX、サイコッチョー。

そんな展開がもろくも崩れさった14の昼。盗んだケッタで走り出す、行く先も分からぬまま、明るい昼の草むらの中へ~ と逃げ出したい・・・そんな気分だった。

だが これは悲劇の序章にしか過ぎないことを若き日のワタシは知るよしもなかった。

その日のワタシは何かおかしかったのかもしれない。普段はあまり喋らないmasaくんにあの質問をしてしまったのだ。

 

『目玉焼きに醤油かソース どちらをかける?』

 

 

 

『ケチャップ。』

 

… えっ?!ケチャ… ケチ…け…

 

ケチャップ!!!!?

 

『あっ…うぷっ!うん。そうなんだね~~』

 

ワタシは一瞬 質問の仕方を間違えたのかと思ったのだが、紛れもなく醤油かソースかの二択をしたことに間違いはないことを確信。

なので少し鼻で笑ってしまったかもしれない。

 

『ケチャップって幼稚園児かい?』

 

と 頭の中でmasaくんを馬鹿にしてしまったかもしれない。でも ワタシは決して自分が間違っているのだと認めていなかった。

なぜなら

 

醤油?か ソース?か

の“二択以外の答えは受け付けておりません”なのだから。

そこに唐突にケチャップを差し出されても内側の銀の封は“頑なに開けさせません”の姿勢を貫く次第だから。なんなら農家さんには申し訳ないのですが トマトの収穫を停止してもらって 工場は稼働させません。

ケチャップさんお願いだからもう一度トマトに戻っておくんなまし?って気分だから。

 

~~~~~

 

そんなことが昔あったんです。

あれから すったもんだがありまして ソース派だったワタシもすっかり妻の育ちに染められまして 醤油派の仲間入りとなりました。

それでも まだ あの日の自分の確信は間違ってはいない。

 

ソース⇒醤油 は オケ。

二択の範囲なのだから。

 

とある日の晩ご飯。ハンバーグが食卓に並ぶ。我が家ではハンバーグにはケチャップさんが登場するのである。この日は珍しく目玉焼きがハンバーグの上に載っているようだ。

 

ハンバーグにはケチャップ。

ハンバーグの上には目玉焼きが ride on。

偶然ではなく必然的に目玉焼きにもケチャップが降り注いだ。

パク パク。。。

 

 

『ケチャップ めちゃ美味じゃん。目玉焼きに合うじゃん。』

 

ごめんなさい。masaくん。

今 無性に土下座して謝りたい気分なのであった。

もしあの日に戻れるのであれば

 

『目玉焼きには醤油かソースかケチャップのどれをかける?』

と 訂正したい。

 

そこに『マヨネーズ。』と答えるヤツが現れたなら もうお手上げだ。